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天才ピカソにまつわる数々のエピソードを紹介します!

20世紀最大のアートの巨人ピカソ。その人生は天才の名にふさわしいエピソードにあふれていました!

ピカソ法

実際にピカソ法なるものがあるわけではありませんが、偶然(?)にもピカソの亡くなる五年前にフランスで相続税の美術品による物納を認めるという遺産相続の法律改定がありました。

偶然かどうかはさておき、これによってピカソの死後、フランス政府はその膨大な遺産からピカソの作品三千六百6点余りを受け取ることになったのでこのように呼ばれるようになったとか。

そして1985年にはそれら作品を展示するために、パリに新たにピカソ美術館が建設されたのです。

 

 

ピカソは共産党員だった!

1944年、ピカソは当時愛人であった写真家ドラ・マ―ルの勧めもあって、フランス共産党に入党。

亡くなるまで共産党員として活動したことはあまり知られていません。

53年には「スターリンの肖像」を描き、自分の思想を否定されるとはっきりと自分は「共産主義者で自分の絵は共産主義者の絵」だと語ったと言います。

「ゲルニカ」はこうしたピカソの左派の立場から、当時のスペイン内戦でのフランコ軍(右派)を非難する意図で描かれたと言います。

 

 

悲運な運命をたどったピカソ家 

ピカソは妻、愛人を含めて3人の女性と4人の子供をもうけていますが、いずれも悲しい末路をたどったことはあまり知られていません。

長男パウロは酒と麻薬に溺れて体を壊し、ピカソより先に亡くなっています。

またその長男(孫)パブリードは自殺でこれもピカソより早くなくなっています。

またマリー・テレーズとジャクリーヌも後年自殺しており、唯一フランソワーズ・ジローだけが画家として長寿を全うしています。

 

 

華麗なる?女性遍歴

 ピカソを語るとき、その女性関係は避けて通れません。

ここではこの世紀の「天才」のあまり詳しく語られることのなかった女性たちについてご紹介します。

ヨーロッパでも保守的なカトリックの国スペインに育ったピカソ、若いころは純愛思考でエヴァが亡くなったときは心底悲しみに暮れたといいますがその後はよく言われるように、数々の女性と関係をもち浮気も平然と行っていました。

 

ピカソはとても征服欲や独占欲が強く自己中心的でした。

ピカソが女性たちについて語ったこんな言葉があります。

「女性は女神がドアマットのどちらかだ」

「私は妻を替えるたびに前の妻を焼いてしまわなければならない。私が若さを失わないのはそのせいだろう」「女は苦しむ機械だ」などなど。

また新しい愛人ができると、その愛人に自分が捨てた女が苦しんでいる様子を嬉しそうに話したといます。

その上本命の彼女や妻と浮気相手をわざと鉢合わせにして喧嘩するのを見て楽しむなどかなり悪趣味であったらしいです。

 

ここからはピカソに愛され、愛した女性たちをご紹介します。

フェルナンド・オリヴィエ

 

青の時代からバラ色の時代へとつながる時代、ピカソのモデルをしたり貧乏時代を支えた女性。

教養ある彼女がピカソにフランス語を教えました。

「アヴィニョンの娘たち」の一人は彼女がモデルといわれています。

ピカソは名声を得るようになると、オリヴィエから急速に興味を失いエヴァ・グエルへと移っていきます。1911年に二人の関係は終わりました。

 

マルセル・アンベール(通称エヴァ・グエル)

1911年エヴァが16歳の時に知り合います。

ピカソがキュビズムに最も没頭し精力的に制作していた時期に二人の交際時期が重なります。

若くして結核で亡くなりました。

 

 

オルガ・コクローヴァ

ピカソ最初の妻。

ディアギレフのロシアバレエ団でダンサーをしていました。

ピカソがジャン・コクトーの依頼でバレエの舞台美術や衣装の仕事をしていた時に知り合いました。

 

ロシア貴族出身の彼女は、ピカソに上流階級との橋渡しともなり、そこでのピカソの地位を向上させることになります。しかしこの結婚期待が、ピカソが上流階級とのパイプを得るために切望したともいわれています。

しかしピカソ自身はそんな貴族趣味に興味はなかったようです、本来のボヘミアン的自由奔放な性向からあまり馴染めず、家庭生活にも次第に息苦しさを感じたようです。

 

1921年長男ポールを出産するも、この頃からピカソは彼女に興味を失い27年頃にはマリー=テレーズに熱を入れたため、ピカソに離婚を申し出ます。

 

しかし離婚をすると財産の半分をオルガに取られると知ったピカソは、離婚を拒否。オルガが亡くなるまで別居を続けたのです。

 

 

マリー=テレーズ・ヴァルテル

  

健康的で無垢な少女。

彼女が17歳の時にピカソがモデルになってほしいと声をかけたことから交際が始まります。

当時すでに有名だったピカソの名を知らない無垢な健康的少女でした。

彼女はピカソとドラの家のすぐそばに住み密会を重ねました。

 

 

ピカソはマリーを「素晴らしく彫刻的でボリュームは申し分なく、線は清純で、その顔と体はたとえようもなく完璧な女」と称賛してこの無垢な少女の虜となり、彼女との私生活を生々しく作品化しました。

マリー=テレーズは一人娘マヤを産みましたが、子供を産んだマリーの体にピカソは興味を失いドラ・マールへと浮気していきます。

 

ある時ゲルニカを制作中のピカソのアトリエで、ドラとマリー=テレーズが鉢合わせになりました。二人がピカソに詰め寄ると、あろうことかピカソが二人で争うようにけしかけ二人は殴り合いの大ゲンカを始めます。

 

ピカソは後年「あれほど面白いものはなかった」とここでも人間的に信じられない言葉を吐いています。

 

マリーはピカソの死の4年後に自殺しています。

 

 

ドラ・マール

シュルレアリズムの写真家、詩人。

 

ピカソと知り合う以前から、シュルレアリスト写真家として活躍していました。

 

1936年にマリー=テレーズが出産した後に、サンジェルマン・デ・プレのカフェで

ピカソと知り合います。

 

芸術に関心のなかったマリーとは反対に、自身もアーティストであったドラは、ピカソ芸術の良き理解者でもありました。

写真家のドラは、ピカソのゲルニカ制作の様子を撮影しました。

 

彼女は感情的な性格で、よく泣いていたのをピカソは喜んで見ていたそうで、そこからあの有名な「泣く女」が生まれました。

ピカソに捨てられた後、精神的に不安定になり精神を病み、貧困のうちに亡くなりました。

 

 

フランソワーズ・ジロー

 ピカソを唯一捨てた女性。

40歳年下。ピカソ62歳の時にカフェで画学生だったフランソワーズと知り合います。

ピカソは知性と美貌を兼ね備えたフランソワーズに夢中になり、彼女を「花の女」と呼び多くの母子像を描きました。

二人の間には一男一女の子供を授かりますが、ピカソは病弱になったフランソワーズの体に興味を失いまたもや気持ちが離れます。

 

そして浮気相手と情事に耽り、こともあろうに他の女性との性行為の話を得意げにフランソワーズに話しました。

 

フランソワーズは耐えかねてピカソのもとを去ろうとします。

しかしピカソはフランソワーズを手放そうとはせず、恩着せがましい言葉を投げつけ、「俺から去った女はいない。俺から去るということは砂漠で暮らすようなものだ」

というとフランソワーズは「それが私の運命ならそこで生きていきます」はきっぱりと返したといいます。

こうした有名なやり取りのあと、フランソワーズは二人のこどもを連れてピカソのもとをさります。

 

フランソワーズはピカソを捨てた唯一の女性となり、その後若い画家リュック・シモンと結婚します。

しかし嫉妬に狂ったピカソは裏から画廊などに圧力をかけ、二人を美術界から締め出そうとしました。

 

追い詰められたフランソワーズは、ついにピカソの執拗な復縁の求めに屈服し若い画家と別れます。

しかしそれを確認したピカソは、彼女にあてつけるように新たな愛人ジャクリーヌ=ロックと結婚してしまうのです。

 

3年後フランソワーズはピカソとの同棲生活を綴った自伝「ピカソとの生活」を出版してベストセラーとなります。

これに激怒したピカソは、出版差し止めを求めて訴訟を起こしますがフランソワーズの勝訴に終わっています。

 

その後フランソワーズは画家やデザイナーとして活躍し、ピカソの呪縛から唯一生き抜いた女性となりました。

 

 

ジャクリーヌ・ロック

1953年、陶芸工房で知り合いピカソが80歳の時に結婚し二人目の妻となります。

ピカソ最後の女性であり、ピカソが最も多くの肖像画を描いた女性です。

45歳も年下ですが母親のような存在となってピカソを最後まで面倒を見ます。

ピカソの死後、遺産相続でそれまでの愛人たちと大いに揉めることに。

 

彼女もまたピカソの死後13年後にピストル自殺しました。

 

 

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