こんにちは。管理人の河内です。
今回も前回に引き続き西洋美術における“寓意と象徴”についてお話していきたいと思いますが、まだ前回をお読みになっていない方は基本的なところや言葉の意味を抑えるために是非そちらもご覧ください。
⇒【美術館で思い出して!】美術鑑賞の手助けとなる西洋絵画における”象徴と寓意”について解説します!
西洋美術の伝統では、絵画は感じるもの以上に読み解くものだということを前回はお話してきました。
今回はいろいろな作品を見ながらその具体的な例をご紹介し、象徴と寓意、アトリビュートなどがどのように絵画に描かれてきたかを見ていきたと思います。
目次
象徴と寓意①《メランコリアⅠ》
アルブレヒト・デューラー 1514年24.3×18.7cm パリ フランス国立図書館蔵
アルブレヒト・デューラーは16世紀の北方ルネサンスを代表する画家です。
主に肖像画や宗教画を描きましたが、油絵だけでなく無類の版画家でもありました。
デューラーは、この一度にたくさんの複製を作れる版画を使って様々な本の挿絵として謎めいた作品を残しています。
特にこの《メランコリアⅠ》は、いたるところに“象徴”が配置されていることで有名です。
“メランコリア”とは「メランコリー」、つまり「憂鬱」という意味です。
ここに描かれた女性は背中に翼をもち、何か書きものしながら頬杖をついて思索に耽っています。
現在の私たちは「憂鬱」という言葉に暗いとか落ち込んだという風なあまり良いイメージを抱きませんが、ルネサンス期には憂鬱質に対して瞑想や哲学的な考えに耽っている様に見えたようで内省的で知的、天才的といったプラスの性格を見ていたようです。
- そうしたことから「憂鬱」には学者、芸術家というイメージが備わりデューラーはこのようなイメージで憂鬱を擬人化して描いたのです。
デューラーに関する記事はこちらにまとめてありますので合わせてお読みいただければと思います。
⇒『北方ルネサンス最大の画家』アルブレヒト・デューラーの生涯と作風をご紹介します。
象徴と寓意②《絵画芸術と寓意》
ヨハネス・フェルメール 1666~68年120×100cm ウィーン美術史美術館蔵
この絵はその名もずばり《絵画芸術と寓意》と名付けられた作品です。
フェルメールが亡くなった後、彼のアトリエに残されていたものでその記録に『絵画芸術を表した絵画』と記されていたことから「絵画」という芸術そのものを理想的に表現した寓意画といえます。
整然としたアトリエで、モデルの女性と彼女を描く画家の背中。
一見するとごく自然な室内空間に見えますが、天井から垂れ下がる豪華なシャンデリアは画家の工房ではなく貴族の館にこそふさわしく、チリひとつない床はおよそ画家のアトリエではありえない空間です。
さらに画家自身は黒いベレー帽をかぶり、白いシャツの上に切り込みが入った洒落た格好をしていますが、このファッションはフェルメールの時代よりかなり前の服装であり、壁に貼られた地図はこの作品が描かれる80年以上も前、その当時(オランダ)がハプスブルグ家の一部であった時代のものなのです。
さらに画面左からせり出す大きなカーテンも画家のアトリエには似つかわしくない豪華なもの(栄光を表す月桂樹が刺繍されている)で、これは「常でないもの」を表現しており、こうしたことからこの情景全体が実は、実際の画家の日常を描いたものではなく「絵画」という芸術そのものを理想的に表現した寓意画なのです。
モデルの女性は、月桂樹の冠を被り、右手にラッパ左手に書物を持っていることから、ミューズのひとり、歴史を司るクレイオに扮しています。
月桂樹の冠は勝利の象徴で、勝利はラッパによって世界中に宣伝されるのです。
つまりこれによってこの作品が絵画を通じて画家が歴史に名声を残すことを寓意しているのです。
フェルメールについてはこちらに詳しくご紹介していますので合わせてご覧ください⇒”静謐な光の画家”フェルメールの作品と生涯を解説します。
象徴と寓意③ 《希望》
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ1872年 102.5×129.5㎝ ボルティモア、ウォルターズ美術館蔵
夕日が沈みかけた黄昏時、荒涼とした廃墟のような場所で白いドレスを着た女性が一本の枝をもってかざしています。
《希望》というタイトルに反しうら寒い雰囲気が漂っています。
従来の伝統的な《希望》表す図像であれば、光や空を舞う鳩などが描かれたり、両手を合わせて祈り上を見上げる女性像として描かれてきましたが、シャヴァンヌはこの荒涼とした土地で左手にオリーブの枝を持つ姿で描きました。
象徴と寓意④《騎士の夢》
ラファエロ・サンツィオ 1504年ごろ 17.1×17.3㎝ ロンドン ナショナル・ギャラリー蔵
作品中央、月桂樹の下で騎士が眠っており、そこに左右から二人の全く違う女性が近づいてきます。
画面左側の女性は質素な服装に剣と書物を差し出していることから“正義の力”と“知識・学問”を象徴し、右側の女性は右手にミルテ(ギンバイカ)の枝を差し出しています。
ミルテはヴィーナスの聖木とされ常緑樹であることから“永遠の愛”を象徴しているのです。
背景も同じく左右に分かれ、左側は堅固な岩山と要塞が描かれ、右側はなだらかな山々と静かな湖。
厳しい自然と穏やかな自然が対比して描かれています。
つまりこの絵は、眠る騎士にどちらの世界を選ぶかを迫っているのです。
5世紀の著述家マクロビウスは、英雄の持つ美徳とは官能的快楽を追い求めず、活動的かつ観想的生を送ることだと論じておりこの作品では、このようないわゆる「魂の戦い」という中世以来の伝統的なテーマが描かれているのです。
ラファエロにつきましてこちらに詳しい記事がありますのでそちらも合わせてご覧ください⇒『優美なる聖母の画家』ラファエロの生涯と代表作をご紹介します。
象徴と寓意⑤《アルノルフィーニ夫妻の肖像画》
ヤン・ファン・エイク 1434年 82×60㎝ ロンドン ナショナル・ギャラリー蔵
この作品もまた寓意と象徴に溢れた作品として有名です。
ここに描かれているのは若く裕福な商人夫妻の結婚の誓いが描かれ、この作品自体が結婚証明書になっています。
新郎はイタリアのルッカ出身の商人ジョヴァンニ・アルノルフィーニ。新婦はジョヴァンナ・チェナミ。
新郎が新婦の手を取り右手を上げて宣誓をしています。
背景にはそのことを示すように様々なアイテムが描き込まれています。
まず左手の窓際にあるリンゴとオレンジが見えます。
リンゴはアダムの原罪を表していますが、オレンジは純潔と無垢を表し二人が清らかなまま結婚に臨んでいることが示されています。
床に脱ぎ捨てられたサンダルは「聖なる場所では履物を脱げ」という聖書の言葉に由来しています。
赤いベッドは二人が真の夫婦であることを暗示しています。
燭台に一本だけ灯された蝋燭はキリストを表し神のもとでの結婚であることを示しています。
この他にも足元の犬は夫婦間の“忠節”と“繁栄”を表し、右手奥のベッドサイドの椅子の背には《安産の守護聖人》である{聖マルガレーテ}の像が描かれています。
そしてこの絵そのものが「結婚証明書」であることを示すために、奥の壁にかかる小さな鏡には「ヤン・ファン・エイクここにありき、1434年」とラテン語で署名がされているのです。
さらにこの凸面鏡である鏡自体が当時大変高価なものであったため、富の象徴として二人が裕福であったことを物語っています。
そしてその鏡を詳しくの覗いてみると、そこには二人の人物が写っているのが分かります。
そのうち青い服を着た人物はファン・エイク自身だと考えられています。
ファン・エイクについてはこちらに詳しい記事が在りますので合わせてご覧ください⇒【初期フランドル最大の画家】ファン・エイクの作風と生涯をご紹介します!
象徴と寓意⑥《書物の聖母》
サンドロ・ボッティチェリ作 1483年 ポルディ=ペッツォーリ美術館蔵
窓辺に腰かけた聖母が膝に幼子イエスを抱き、本を読み聞かせている場面を描いた初期ルネサンスを代表する美しい作品です。
愛らしい表情で母マリアを見上げるのは幼子イエス。
その右手は祝福のポーズを取り、左手と腕にある “三本の釘”と“茨の冠”はイエスが十字架にかけられた際に身に着けていたことからのは受難の象徴となっています。
聖母の優しくもどことなく憂いを帯びた視線は、これらの受難具に落ち、幼い我が子の運命を予感しているためと思われます。
また果物鉢に盛られたさくらんぼは、『天国の果実』の象徴とされています。
ボッティチェリについてはこちらに詳しい記事がありますので御覧ください。⇒《優美なる初期ルネサンスの巨匠》ボッティチェリをご紹介します。
【象徴と寓意・アトリビュートに関するその他のおすすめ記事】
・【美術館での手引きに】西洋絵画を読み解くための《象徴(シンボル)と寓意(アレゴリー)》をご紹介します。(前編)
・【美術館での手引きに】西洋絵画を読み解くための《象徴(シンボル)と寓意(アレゴリー)》をご紹介します。(後編)
・美術鑑賞の手助けとなる西洋絵画における”象徴と寓意”についてご紹介します。
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