今回は『印象派の長老』であり、若き芸術家たちの良き指導者でもあったカミーユ・ピサロの作品を解説していきたいと思います。
印象派の画家として知られるピサロは、その長い画歴の中で初期はコローやミレー達“バルビゾン派”と呼ばれる画家たちの影響から始まり、印象派を経て点描を使った新印象派へと変化を遂げていきました。
ピサロ芸術の大きな特徴は誇張や美化をせずに、ありのままを素直に表現した点にあると言えます。そのためモネやルノワールたちと比べてもどこか退屈でおとなしい印象を受けますが、それはある意味ピサロの温厚な性格から来るのかもしれません。
目次
ピサロ 作品①『モンモランシーの風景』
1859年 21.6×27.3㎝ オルセー美術館蔵
パリ近郊のモンモランシーの風景を描いた作品です。
ピサロが初めてサロンに出品し、入選を果たした作品です。
同じ時に出品したミレーやマネ、ファンタン・ラ・トゥールらは落選しています。
ピサロはこの時期コローたちバルビゾン派の画家たちに魅かれ、このモンモランシーやラ・ヴァレンヌ=シュル=モルなどでその土地の田園風景を描いています。
まだ印象派以前の作品で、かなり小さな作品で褐色系を多く使い、荒く大胆なタッチで細部にこだわることなくのびやかに一気に描かれた印象を受けます。
ピサロ 作品②『ジャレの丘 ポントワーズ』
1867年 87×114.9㎝ アメリカ メトロポリタン美術館蔵
ピサロは1866年から83年まで断続的にポントワーズで過ごしました。
この間はピサロが純粋に“印象派”として活動した時期とも重なりますが、一方でセザンヌやゴーギャンと言った新しい印象派の枠には収まらない画家たちの才能をいち早く見抜き彼らを援助しました。
今作品では前景に草木に陰る丘の斜面が描かれ、日傘をさした婦人が二人歩いています。
中景には谷間に点在する家々が描かれ斜面を下った道の向こう、遠景には視界を遮るように険しいジャレの丘が見えます。
この絵について作家で印象派を擁護したエミール・ゾラは『ここには現代的な田園風景がある』『~これ以上平凡なものも偉大なものも存在しないだろう。この画家の個性がありふれた現実から命と力に満ちたたぐいまれな詩情を引き出した』と評しています。
ピサロ 作品③『ポントワーズの小さな橋』
1875年 65.5×81.5㎝ マンハイム市立美術館蔵
モネやシスレーなど他の印象派画家たちが、自分の求める風景や構図を求めて田園地帯を歩き回ることが多かったのに対し、ピサロは自宅周囲の風景を描きとめるやり方を一貫してとりました。
そんなピサロですが彼は共和主義者でありブルジョワジーを毛嫌いしていたせいかポントワーズ周辺に多く散財するブルジョワ所有の大邸宅やシャトーを描かないように気を使っていたと思われます。
この絵の橋はシャトー・ド・マルクヴィルの敷地にありましたが、ピサロはこの絵のタイトルに「小さな橋」とつけることでシャトーを連想させないよう配慮しています。
とはいえではなぜわざわざシャトーの敷地を描いたかというと、ピサロはクールベの影響を強く受けており、クールベが描いたような鬱蒼とした木々や水の流れを描こうとすると田園地帯が広がるポントワーズでは、このマルクヴィルの土地しかなかったからということのようです。
ピサロ 作品④『 マチュランの庭 ポントワーズ、ドレーム夫人の邸宅』
1876年 113.5×165.4㎝ アメリカ・カンザスシティ ネルソン・アトキンス美術館蔵
マチュランの館と呼ばれていたこの邸宅は、ピサロがポントワーズに住んでいた頃の隣人だったマリア・ドレームが住んでいました。
ドレーム夫人は作家で共和主義者でもあり政治的・社会的理想についてピサロと同じ考えを持っていました。
この絵の題材の選択、バランスの取れた構図、豊かな質感、細かいタッチはピサロが当時のモネの作品に影響を受けていたと考えられます。
この作品は第3回印象派展に出品されこの作品は医師のジョルジュ・ド・ベリオに購入されました。
この展覧会ではモネの『サン・ラザール駅』やルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』などが注目を集め、徐々に印象派が世に認められるようになってきた時期でしたが、まだまだピサロは経済的に厳しい時期でもありました。
ピサロ 作品⑤『ポントワーズの花咲く菜園、春』
1877年 65.5×81㎝ オルセー美術館蔵
ポントワーズはパリの北西20キロほどのところにある町です。
この作品が制作された1870~80年代当時、ピサロはセザンヌと一緒にこのポントワーズに滞在し、二人イーゼルを並べて制作していました。
それを証明するようにセザンヌにもこの絵とそっくりの光景を描いた作品が残されています。
二人はパリの画塾アカデミー・シュイスで出会いました。セザンヌはピサロを通じて印象派の画家たちと知り合い印象派の手法を伝授されたのです。人付き合いが苦手なセザンヌにとってピサロは良き師であり友人でした。
ピサロ 作品⑥『赤い屋根、村のはずれ、冬』
1877年 54.5×65.6㎝ オルセー美術館蔵
冬枯れした果樹園の木々の間から一群の家屋が見えます。
白い壁に赤い屋根瓦が印象的な作品です。
屋根と土の赤と地面や遠景の丘陵の緑が補色となってよりこの絵を印象付けています。
光の移ろいと鮮やかな色彩を重視した印象派ですが、この頃の作品はピサロ自身セザンヌと互いに影響し合っていた時期でもあることから複雑な画面構成や空間構成に関心が向いていたらしく、印象派とセザンヌ芸術の良いとこ取りをした魅力があり、管理人がピサロの作品の中で特にお気に入りの作品です。
ピサロ 作品⑦『朝食、コーヒーを飲む若い農婦』
1881年 63.9×54.4㎝ シカゴ美術研究所蔵
若い女性が質素で暗い部屋の窓辺に座り、一心にコーヒーをかき混ぜています。
窓の外は明るく、わずかに果樹園の緑が鮮やかで、室内の暗さと対照的です。
窓から差し込む柔らかな光に照らし出された女性は、その服装から農婦であることが分かります。
厳しい農家の仕事の合間、ちょっとした幸福の時間を楽しんでいるのでしょうか。
この作品にはピサロが好んで描いた農民の日常の風景であり、静かで穏やかな時間が流れています。
ピサロが初期に影響を受けたミレーも“農民画家”と言われるほど多くの農民たちを描きましたが、ミレーの農民たちはどこか宗教的な光に包まれたロマンティックな雰囲気をまとっていますがピサロの場合は風景なども一貫して飾り気のない素朴な表現が特徴です。
ピサロ 作品⑧『帽子を被った農家の若い娘』
1881年 ワシントン ナショナル・ギャラリー蔵
1880年代、ピサロは風景画よりも多くの人物画を残しています。
この作品も理想化することなく自然主義的な表現でピサロ特有の優しい色使いで描かれ、少女の顔に差し込む光や優しい表情、背景の木漏れ日が差す草の緑が調和した穏やかな作品です。
ピサロ 作品⑨『田舎の幼いメイド』
1882年 63.5×52.7㎝ ロンドン・テイト蔵
シンプルな家庭の室内。まだあどけなさの残るメイドの少女が床を掃除しています。
画面の左端では家の主人のこどもが食事を取っています。この少年は当時4歳だったピサロの息子ルドヴィク・ロドがモデルのようです。
二つある椅子の繰り返しや、テーブルとその上のカップソーサーによる円形の繰り返し、背景の壁に掛けられた額縁と扉などによる四角形の繰り返しがそれぞれリズムを刻んでいます。それらに囲まれた少女もまた掃除をする動きのあるポーズですが、この情景から伝わってくるのはあくまで静的な時間です。
この作品の構図はドガの影響を受けたものだと言われています。ドガもまた人物を画面の端で切り取る構図を好んだからです。
ピサロ 作品⑩『部屋の窓からの眺め』
1888年 65×81㎝ イギリス アシュモレアン博物館蔵
ピサロの家の庭とバンクール村に続く草原を描いた作品です。
この作品はいわゆる“新印象主義”の画法である《点描》によって描かれ1886年の“第8回印象派展”で展示されましたが、ほとんど注目されることはありませんでした。
しかしピサロ自身は「赤い屋根と鶏小屋が売れない題材だからだろう。しかし、これこそ私が求めていたものなのだ。この絵は穏やかで、素朴で、安定感がある」とこの絵にたいする自信と満足を語っていて、作品からもピサロの穏やかな心境が伝わってきます。
後年、ピサロはこの作品の制作年を2年後の1888年と変更しています。
ピサロ 作品⑪『モンマルトル大通り 冬の朝』
1897年 64.8×81.3㎝ ニューヨーク メトロポリタン美術館蔵
ピサロはこのモンマルトル大通りを見下ろすホテルの一室から様々な季節や時間で14枚も描いています。
秋の夕暮れ前でしょうか。行きかう馬車や人々の雑踏や会話が聞こえて来そうな感じがします。
パリは当時いわゆるナポレオン三世の第2帝政期、セーヌ県知事だったジョルジュ・オスマンによるパリ改造計画(1853~70年)によって大変貌を遂げました。
パリと言えば花の都、世界屈指の美しい街として知られていて今では想像もつきませんが、それまでは細い道ばかりで風通しが悪く、不衛生で病気が蔓延する劣悪な街でした。19世紀のこの大改造によってパリの街は道路が拡張され、光あふれる近代都市へと生まれ変わったのです。
こうした街の近代化をピサロは大いに称賛し、その象徴である大通りとそこに行きかう人々や馬車などの喧騒を好んで描いたのです。
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