こんにちは。管理人の河内です。
今回は北方ルネサンスの至宝と言われたアルブレヒト・デューラーの作品をご紹介してみたいと思います。
幼い頃より天才的な芸術的才能を発揮したデューラーは、二度にわたるイタリア留学を経てルネサンスの成果を吸収し、北方の伝統的な表現とミックスした独自の表現によって数々の傑作を産み出しました。特に油絵より格下に置かれていた版画を芸術の域にまで高め、その技法は西洋美術史全体を見渡しても類を見ないほどの完成度を誇ります。
緻密さと優雅さ、時には謎めいたデューラーの世界をお楽しみください。
目次
デューラーの代表作①『 27歳の自画像 』
1498年 52×41㎝ スペイン・マドリード プラド美術館蔵
斜めに構えたポーズ、皮の手袋をはめ、手前の台の上にそっと組み合わせ当時流行の先端を行く服装で優雅な貴族風に自身を描いています。
背後の大きな窓からは美しい山河が広がる風景が描かれています。これらはイタリア・ルネサンスの肖像画の定番でありデューラーはそれを描くことでそのすべてを我がものとしたとでも言いたげに自身に満ちた表情でこちらを見返してきます。
当時まだドイツでは画家はいわゆる労働者階級であって、慎ましいアルティザン(手職人)に過ぎなかったのですがデューラーは自分が“芸術家”であることに自覚と自負を持ち、教養と気品を身に付けた存在として描いています。
デューラーの代表作②『4人の騎士』(ヨハネの黙示録の一部)
1497~98年 木版画39×28㎝ カールスルーエ国立美術館蔵
1498年に出版された「ヨハネの黙示録」の挿絵の一つ。
その黙示録に記された4人の騎士が描かれています。
『子羊(=キリスト)が7つの封印のうち4つを解いた時に現れる』とされる不吉な4人の騎士たち。騎士と言っても階級を表しているのではなく「馬に乗る人」という程度の意味です。4人それぞれが『死』『戦争』『飢饉』『疫病』を象徴しています。
デューラーが生きた1500年ごろは飢餓やペスト、梅毒などの疫病が流行り社会不安が蔓延していました。
南ドイツでは多くの人々が1500年にはこの世の終わりが来る「終末論」を信じていて、デューラーもまた死が身近なものであるという考えに生涯取りつかれていました。
そうした時代背景から終末論をテーマにした木版画による代表作、『黙示録』が制作され、これによってデューラーの名声は一気に広がったと言われています。
デューラーの代表作③『 28歳の自画像(1500年の自画像) 』
1500年 67.1×48.9㎝ ミュンヘン アルテ・ピナコテーク蔵
自画像の左肩の上には「ニュルンベルクのアルブレヒト・デューラー、私自身、自らを変わることなき色をもって描く」と書かれています。
じっと鋭い眼差しで正面を見つめ、肩までかかる巻き毛と口元に蓄えた髭、正面シンメトリー(左右対称)の構図は、自らをイエス・キリストになぞらえていると言われます。
しかしそこには傲慢さはなく当時まだ職人であった画家の立場を芸術家として向上させようとする強い意志と使命感に溢れた姿勢が見て取れます。
こうした自律的な自画像を描いたのは美術の歴史上デューラーが最初だともいわれています。
デューラーの代表作④『野兎』
1502年 25×22㎝ アルベルティ―ナ版画素描収集蔵
デューラーの作品は『自画像』や『宗教画』など“重い”作品が多い中で、愛らしいこの『野兎』が人気があるのも頷けます。
紙に透明水彩絵の具と不透明水彩絵の具(ガッシュ)によって描かれています。
北方伝統の緻密な描写で細部にまで丁寧に描き込まれ、体毛の一本一本の長さ、柔らかさまで伝わってきます。圧巻なのはウサギの瞳。この小さな瞳の中に、画家がこのウサギを描いたであろう部屋の窓枠の反射まで描かれており、この作品が画家のアトリエで制作されたことが分かるのです。
デューラーの代表作⑤『東方三博士の礼賛』
1504年100×144㎝ フィレンツェ ウフィツィ美術館蔵
デューラー初期の祭壇画で、フリードリヒ賢明候の依頼で制作されました。
これはデューラーの2度のイタリア旅行の間の時期に描かれイタリア的なものとドイツ的なものが上手く融合した作品です。
すなわち背景に描かれた小屋やアーチ状の構造物、遠近法による空間処理などはイタリアで学んだルネサンスの成果であり、精密な線と煌びやかな装飾品の多用は北方の特徴であるなど両者の特質が見て取れます。
この絵の主題は西洋美術では大変ポピュラーなシーンです。
未来のユダヤの王であり、救い主となるべく生まれたイエスを一目見ようと星に導かれて東方より3人の賢者がベツレヘムを訪れた場面です。
彼らはイエスに礼拝し、黄金、乳香(香料)、没薬を捧げました。
それらはそれぞれ黄金は王権を、乳香は神性を象徴し、没薬は死を象徴していてイエスに将来訪れる受難を暗示しています。
ダヴィンチやルーベンスをはじめほとんどの巨匠がこの主題で作品を手掛けているので見比べるのも面白いかもしれません。
デューラーの代表作⑥『学者たちの間のイエス』
1506年 803×643cm テッセン=ボルミネッサ美術館蔵
12歳の少年イエスがエルサレムの神殿に行った際に、ユダヤ教の学者たちと議論したという話が福音書に書かれてあります。
この作品では律法書を手に顔をしかめる老人たちに若いキリストが取り囲まれています。
イエスの若く美しい顔は無垢と純情を示し、表情は穏やかです。
イエスの人差し指と親指を触れさせたポーズは、論点が食い違っていることを示していていたって冷静な態度なのに対し、年老いた学者たちが醜い表情で書物を振りかざし威嚇するような動作が実に対照的です。
またイエスを初め長老たちの手のポーズ、微妙な指の動きによって人物の内面を表現する手法はレオナルド・ダ・ヴィンチの影響だと思われます。
デューラーの代表作⑦『 アダムとイヴ 』
1507 年 209×81cm スペイン・マドリード プラド美術館蔵
デューラーは本作制作の前にも同じ主題で版画を制作しています。
しかし本作では二度目のヴェネツィア旅行で学んだ人体比例の理論などを通して、より自然主義的で解剖学的にも正確な人体が表現されています。
それでもイタリアの画家たちに比べるとどこか固さ、ぎこちなさが感じられますが、二人の表情や動き、手のポーズどは前作とは比べ物にならないほど表情豊かでリアルに表現されています。
イヴの横には《禁断の果実=知恵の実》がなる木が描かれ、そこに絡みつく蛇の誘惑に負けたイヴがその実をもいで、アダムに手渡したところが描かれています。
それを口にした二人は神の怒りに触れ、楽園を追放されることとなったのです。
デューラーの代表作⑧『三位一体の礼拝』
1511年 135.5×123㎝ ウィーン 美術史美術館蔵
ニュルンベルクの大商人マッテウス・ランダウアーの依頼によって製作された祭壇画。
三位一体と諸聖人を祭る聖堂に飾られました。
三位とは、父なる神、子なるキリスト、精霊(=鳩で表現されている)のことで、空中に浮かぶ三者を天上、地上から群衆が称えている場面です。
画面右下にはデューラー自身が小さく描かれています。
デューラーの代表作⑨『騎士と死と悪魔』
1513年 24×14㎝ ケンブリッジ ハーバード大学フォッグ美術館蔵
デューラーの三大銅版画と呼ばれる版画作品の最高峰の一つです。
デューラー自身はこの作品を単に《騎士》とだけ呼んでいたそうですが、背景には様々な死や悪魔を象徴する事物が描かれていることから18世紀以降このタイトルで呼ばれています。
騎士はキリスト教信仰を擬人化したものであり、その向こうには『死』が限りある命を象徴する砂時計をもっています。しかし騎士は邪悪な魔力にひるむことなく忠実な犬を連れて堂々と通り過ぎ、遠景に見える『神』を象徴する城を目指しています。
この騎馬像の持つ精悍さは、デューラーがヴェネツィアで目にしたであろうヴェロッキオの「コッレオーニ将軍騎馬像」(↓)から影響を受けているともいわれています。
デューラーの代表作⑩『メランコリアⅠ』
1514年 24×19㎝ ケンブリッジ ハーバード大学フォッグ美術館蔵
数多く制作した銅版画の中でおそらくもっとも有名な作品ではないでしょうか。
この絵の主題は《四体液説》における人間の4つの性格のうち『憂鬱』をテーマにしたものです。
《四体液説》とはギリシャ哲学において宇宙は4つの元素からできており、それらが人間の4つの体液「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」に対応し、人間のもって生まれた行動や気質を規定するという説です。この4つのバランスが崩れたとき、人は病気になると考えられていました。
これは近代医学が成立する以前のギリシャ・アラビア医学の基本となった病理説です。
人物の周囲には、魔法陣や砂時計など寓意的な事物が様々描かれていてそれらにはいろんな解釈がされている謎の多い作品です。
メランコリア=憂鬱は、知性の内省的な特質の象徴とされていて、頬杖をついた女性は憂鬱な表情で沈思し、石うすの上で無邪気に遊ぶ子どもが対照的です。
デューラーの代表作⑪『 皇帝マクシミリアン1世の肖像』
1519年 ウィーン 美術史美術館蔵
神聖ローマ皇帝のマクシミリアン1世は、1512年からデューラーを宮廷画家として召し抱えました。
そしてデューラーに100フロリンの終身年金の支給を認めたのですが、彼の死後その年金保障は反故にされたためデューラーは次の皇帝となったカール5世に直訴するためネーデルランドまで長旅をし、再度年金支給を認めさせています。
この作品は皇帝の死後に制作されたもので、手に持つ柘榴は不死を意味する彼の紋章(インプレーザ)です。
デューラーの代表作⑫『4人の使徒』
1526年 各パネル215×76㎝ ミュンヘン アルテ・ピナコテーク蔵
デューラー最後の絵画作品の傑作。
左パネルに聖ヨハネと聖ペテロ、右のパネルには聖パウロと聖マルコが描かれています。
この4人は《四体液説》を象徴しており、ヨハネは多血質、ペテロは粘液質、パウロは憂鬱質、マルコは胆汁質を表現していると言われています。
この作品は注文主がおらず、デューラーが自分の意志で描いたものでニュルンベルク市に寄贈されました。
北方特有の緻密で硬質な細部描写とイタリア的なゆったりとした豊かなフォルム(形体)に鮮やかな色彩が見事に同化したデューラー芸術の真骨頂といえます。
デューラーは、当時ルターの宗教改革に熱心に賛同しておりその意思を表明しているともいわれています。
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