今回は美術をより深く楽しむために「美術の歴史」を勉強しましょう、という提案というかお誘い的な感じで書いてみたいと思います。
このブログをお読みいただいている方で、どれくらいの方が美術の歴史に興味があるか分かりませんが「絵を見るのは好きだけど、歴史は難しそうでちょっと…」とおっしゃる方は少なくないのではないでしょうか?
実際管理人の絵画教室でも絵を描くのは好きだけど、画家の名前のよく知らないし、歴史なんてもっと知らないという方は多いんです。
以前『西洋絵画における象徴と寓意』の記事でも書きましたが、日本人は小難しい理屈はかんべんしてくれ、絵は感覚で見るもの、個人の感性で感じるものだと思われがちです。
それはもちろんそうなのですが、感性だけでは作品の魅力の半分も味わっていないということもまた事実です。
日本とは逆に本場の欧米では、美術はむしろ“感性”より“知性”や“理性”にうったえるものという意識が強くあります。
そこに託された意味やメッセージなど作品の裏に隠れたものを掘り当てること、あるいは画家個人の哲学、そして作品が生まれた歴史的背景などを読み解くことが絵を見ることなのです。
ですが日本人がそうした背景に全く興味がないかというとそうでもありません。
その良い例が、数年前にドイツ文学者の中野京子さんが書かれた「怖い絵」の大ヒットです。
この本はシリーズ化され、実際の展覧会まで開かれるほどの美術本としては異例の大ヒットとなりました。
この本がなぜこれほど人気が出たかと言えば、内容が面白かったのは当然として美術ファンも、もっとよく絵のことだけでなくその背景を知りたい、知ることは面白い!と感じる方がそれだけ多かったからだと思います。
ですのであまり歴史などに興味のない方も、勉強と片肘を張らずより美術作品に親しむために歴史にも足を踏み入れていただければと思います。
目次
なぜ美術史を勉強するべきか?
上でも書きましたが、日本では“美術は感性で見るもの”という捉え方が一般的です。
画家でもある管理人から見ると確かにそういう部分は大きいのですが、いわゆる制作者側ではなく評論家や研究者では絵はもっぱら見るものよりも、読むものだとの認識が強いようです。
そして欧米では作家側も後者、つまり感性より知性や理性を大切に、あるいはそれを根拠として作品作りをするのが一般的のようです。
ですので西洋美術を見る場合、感性にだけ頼っていてはどうしても見落としが多く、作品の本当の意味するところが分からないままということになるのです。
このブログでは扱いませんが、いわゆる“抽象画”や“現代美術”は「難しい、何を言いたいのか分からない、何を表現しているのか分からない」ということをよく耳にします。
しかしその難しさは、個人の感性だけに頼って作品を見ようとしていることからくる問題だと私は思います。
例えばスポーツもルールを知らずに見ても面白くないように、なんの知識も前置きもなく初めて見るものを感性だけで判断するのには限界があり、分からなくて当然なのです。
そして美術は常に歴史の中で変化し続けています。
特に20世紀後半以降は、絵画や彫刻、写真、音楽に加え、新しいテクノロジーを使った表現などそれまでのジャンルを超えた作品、複合的な作品、それまでの枠には当てはまらない表現様式が多く登場しました。
そこにはそれまでの『美』に対する「価値の否定」や「転換」を見る者に迫るものもあります。
特に人々がそれまで漠然と持っていた「美術ってこういうもの」というイメージや「美の基準」とあまりにかけ離れた“現代美術”は、理解の枠を大きく超えているため感性だけで捕まえきれるものではなくなっているのです。
このブログで多く扱っている古典の作品は、こうした“現代美術”よりも具体的に何が描いてあるかはっきりしているため、一見すると「分かりやすい」と思いがちですが、歴史を知ればそこに描かれた新たな意味が発見でき、本当の意味で「分かる」ことに私たちを導いてくれるのです。
歴史と美術の関係
では具体的に歴史と美術はどのように関係しているのでしょうか?
管理人は学者や研究者ではありませんので学術的に厳密なことは言えませんが有史以来「人」のいるところに必ず美術がありました。
人類の歴史の中でもっとも古い“美術作品”とされているのがいわゆる洞窟壁画です。
ラスコーやアルタミラで見つかった洞窟壁画などは、中学や高校の歴史の教科書でもご覧になった方も多いと思います。これらは今から2万年も前に描かれたとされていますが、これらは一体何のために描かれたのでしょうか?
本当のところは描いた本人たちに聞いてみないと分かりませんが(;^_^A、一般的には“自然”や“神”と言った人間の力が及ばない尊いもの、畏怖すべき対象に祈りをささげるためとか、呪術的な行為のために描かれたと考えられています。
つまり当時の人々が狩りの成功などを神や自然に祈る、あるいは自然の恩恵への感謝の念を壁画というかたちで残したのが美術の始まりなのではないかと言えます。
そう考えると、美術は広い意味での宗教とともに生まれたと言えなくもありません。
一万年前には人は農耕や牧畜をはじめ、定住生活を始め各地に文明が生まれます。
文化が生まれると、エジプトから始まりギリシャ神話、キリスト教へと美術は文字通り宗教とともに進化(変化)し続けました。
その後、宗教が力を失い現世の王や貴族が権力者となって人々を支配するようになります。
そうなると美術は時の権力者たちの威光を讃えるために作られる一方、人々の生活を彩るために様々に発展していきます。
時代が経るにつれて産業の発展、技術の発達、戦争、市民革命など人間の社会や暮らしは大きく変化していく中で、人々の内面も常に変化し時代とともに芸術家たちの意識や表現はともに変化していったのです。
その良い例がレオナルド・ダ・ヴィンチです。
彼は単なる職人だった画家の地位を、深い哲学的思考に基づいたアーティストとしての自覚に目覚め芸術家へと引き上げたのです。しかしその才能はルネサンスという時代があって花開いたのです。
どこから勉強すればよいか?
ではいざ美術史を勉強しようと思っても、上述のようにそれは人類の歴史そのものとかぶるわけですから何千年もの歴史がありますので、どこから手を付けて良いものか迷いますよね。
古代から順に時間を追ってみるのも良いのですが、その範囲はあまりに膨大で途中で嫌気がさすことにもなるかもしれませんし、そもそも受験勉強のように年代や人名を暗記する必要もありません。
管理人としてはまずはご自分のお気に入りの画家や作品が描かれた時代から入っていくのが良いと思います。
例えばフェルメールが好きなら17世紀のオランダ、モネが好きなら19世紀後半のフランスから当時がどういう時代だったかを探っていきましょう。
フェルメールの活躍した17世紀のオランダは、黄金時代と呼ばれるほど繁栄を極めた時代でした。
オランダは強大なスペイン王国から独立を勝ち取り、世界をまたにかけた海洋貿易によってヨーロッパで最も豊かな国になります。
東インド会社の設立によってアジアとの貿易を独占し巨万の富を得たのです。
こうした繁栄を背景に、芸術も黄金時代を迎え、そこにフェルメールやレンブラントなどの天才が登場したのです。
かれらの作品には多くの海外から輸入されたものが描き込まれています。
モネたち印象派が活躍した19世紀のフランスは、市民革命、産業革命を経てパリの街が大きく様変わりしていく途中の時代でした。
それまではなかった鉄道が次つぎに敷かれ、画家たちもフランス中を自由に行き来する時代となり、鉄道や駅が絵画のモチーフとして登場します。
写真が発明されたのもこの頃で、それまでの写実的に描いていた画家たちは失業の憂き目にあいます。
ルノワールはもともと陶器の絵付け職人でしたが、それが技術革新によって機械化されたことで職を失い画家に転向したのでした。
なので産業革命がなかったら印象派の巨匠は生れていなかったことになります。
また技術革新によってチューブ式の絵具が開発されたことで、彼らは屋外での制作が可能となり数々の名作が生まれることに繋がりました。
いかがですか?
ほんの少し例を挙げただけでも歴史と美術のつながりが見えてくると興味が深まってこないでしょうか?
後半に続く⇨
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