こんにちは。管理人の河内です。
今回はレンブラントの技法について解説してみたいと思います。
レンブラントの技法はまさに油絵の描き方のお手本のような描き方なので、管理人も本格的に絵を学び始めたころはよく模写をしました。(あとは18世紀のシャルダンも)
私の教える絵画教室でも授業でレンブラントを頻繁に引き合いに出し、画集を見せながら説明をしたり、時には模写をしていただくことも多い画家です。では400年以上も前の描き方が現代に通じるのはどうしてでしょうか?
詳しく見ていきたいと思います。
目次
レンブラントは、アムステルダム時代についた2番目の師ピーテル・ラストマンから、多彩な物語性への嗜好を受け継ぎます。
どういう主題を選ぶかや、その表現法の多くを彼から学びました。
画家として独立直後のレイデン時代には「自画像」や「肖像画」、「聖書」の登場人物や昔の「哲学者」を主に描いています。
アムステルダムに移ってからも透明感のある艶やかな画風と生々しく真に迫るリアリティや、徹底した細部の描写などその描写力の高さを見せつけています。
また『レンブラント・ライト』とまで呼ばれる斜め上から差し込む強い光の効果は、まるで舞台の主役を照らし出すスポットライトの効果を発揮し、単なる肖像画であってもドラマのクライマックスシーンのような効果を出しています。
しかし1640年ごろからは徐々に画風が変化します。
それまでの繊細で精緻なタッチは、大胆に絵の具厚く盛り上げたり粗削りな表現となり、薄い下地をそのまま利用したりするなど絵の具の在質感を前面に押し出した画風へと変わっていきます。
またドラマチックな光の効果は、初期の演劇的演出効果よりむしろ内面の光、穏やかで精神性を感じさせるものへと変化していきました。
そうした画風の転換の背後には、そのころ母が亡くなり、42年に妻サスキアが亡くなったことがレンブラントをひどく悲しませ、宗教に慰めを見出したため画風も転換してきたと考えられています。
レンブラント晩年の頃には、いわゆるフランス絵画のような華やかで明るい作風が人気を博するようになったため、こうしたレンブラントの重厚で暗い印象の作風はもはや時代遅れのものとなります。
しかしレンブラントは孤独と貧困のうちにありながらも、時流に乗って顧客の要望に応えるよりも、自身の芸術的な理想を追求し続けました。
油絵は、15世紀にフランドルの画家ヤン・ファン・エイクが初めてその技法を確立したとされています。
しかし当時の絵具は現在の油絵具とは違い、ほとんど色の元となる顔料をオイルで溶いただけだったので、絵具は非常にゆるく、水彩画のように薄く塗ることしかできませんでした。
このような絵の具は透明感のある滑らかな表現を生み、緻密な描写に向いていたのでフランドル地方では細密な表現がその特徴となります。
ファン・エイクの作品(↓)
その後絵具に体質顔料と呼ばれるものを混ぜることで、絵具に量感が出て厚塗りを可能にし、塗った絵具を削ったりできるなど可塑性が生まれます。
そうした表現は16世紀ヴェネツィア派のティツィアーノ(↓)によって厚塗りや筆触を活かした表現が生み出され、17世紀のレンブラントに受け継がれました。
こうした技術革新によって油絵は厚くも薄くも塗ることができるようになり、削ったり上から描きなおしたりすることができる自由な素材となっていきました。
そのため例えばルネサンス時代のラファエロなどは、作品を制作する前にしっかりとした下書きを何度も重ね、正確な下絵を作ってから描いています(↓)が、レンブラントにはそうした下絵がほとんど残されていないことからキャンバスに直接大胆に描き始め、描きながら何度も修正を重ねていたことがX線写真などの調査からも分かっています。
私たちが油絵と聞いてゴッホやモネなどのボテボテとした厚塗りを思い浮かべる方も多いと思いますが、それらはさらに時代が下って19世紀の産業革命によってチューブ式の絵具が開発されるまではできなかった表現なのですが、レンブラントはすでにそれに近い表現をしていたということなのです。
(こちらについては『モネの技法』についての記事でも詳しくご紹介しています)
ここではレンブラントの最も独創性に富んだ後半生にみられる技法について解説してみたいと思います。
レンブラントの作品では、明るい部分は白の絵具を厚く塗り、暗い部分は白を混ぜずにオイル分を多くして溶いた絵具を薄く塗って描かれています。
これは明るい部分にボリュームや存在感を持たせ前面に出て来るように、反対に暗い部分は深い闇の中へと後退していくように見せるために効果的で、とても理にかなった方法で油絵技法のお手本のような塗り方といえます。
また歳を重ねるにつれ繊細だった筆触は大胆さを増し、大きなタッチで一気に描くという独自の表現法を獲得しました。それは近・現代にも通じる描き方で、さらにペインティングナイフやコテなどを使った厚塗りなども見られ、当時としては画期的な表現をしています。
こちら(↓)の『ユダヤの花嫁』などのようにスポットライトが当たったような人物の明部は、説明的な自然描写を捨て、白を基調とした厚塗りと大胆なタッチで質感を表現しています。
晩年にはあまりにも厚く盛り上げたため、人物の鼻がつまめるほどだったと言われています。
それに対し背景は褐色の地塗りをそのまま生かし、暗い灰色と透明な濃褐色によってわずかに明暗の変化が付けられただけなのです。
薄塗りと厚塗り、さらにその混合(重ね塗り)によって表現の幅が格段に広がり、レンブラントはそれらを効果的に使い分けました。
このようにして、素材としての油絵具の可能性を私たちに示してくれているのです。
こうした明暗の描き分け、厚塗りと薄塗りの対比、大胆な筆使いによる筆触と薄塗り表現による暗部のムラなどの抽象的表現は17世紀当時としてはレンブラントをおいて他にはいません。
画面には絶妙なマチエール(画肌)が生まれ、単なる説明的な写実表現よりも私たち鑑賞者のイマジネーションをかき立て、深い精心性を感じさせてくれるのではないかと管理人は考えています。
こうした表現は20世紀のシュルレアリズムで盛んに行われたフロッタージュの技法を先取りしたものとも言えます。
フロッタージュとは:誰にでも、亀のシミが人の顔に見えたり、岩の表面に自然にできた模様が竜や動物に見えたという経験はあると思います。
フロッタージュはそうした見る人のイマジネーションを刺激して「あるもの」に見せる手法です。
「無意識の世界」をテーマにしたシュルレアリズムの画家たちが多用しました。
具体的には絵具などを無造作にキャンバスにこすりつけたり、別のものを転写したりして抽象的な画面を作ります。そしてそこにできたシミや汚れなど偶然のムラを様々な事物に見立て、画家わずかに手を加えることで「人の顔」や何らかの「もの」に見えるようにする技法です。
↓シュルレアリスムの画家マックス・エルンストのフロッタージュを使った作品
いかがでしたか?圧倒的な描写力と『レンブラント・ライト』と言われる光の効果を使い、ドラマチックさと迫真のリアリティによって若くして一流画家となったレンブラントでしたが、年を経るにつれてその光は心を照らし出す穏やかな光となり、独特な絵具の使い方によって単なる写実を越えた深みが生まれ精神性を感じさせる作風となったのでした。
それは何百年も歴史を先取りしたものでもあり、ドラクロワが指摘した通り、「美の規範」とされてきたラファエロを越えたものだと管理人も思います。
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