【神の手を持つ画家】ヤン・ファン・エイクの作品を解説します!

こんにちは。管理人の河内です。

今回は初期フランドル美術の巨匠ヤン・ファン・エイクの代表作を解説していきたいと思います。

まるで目に映るすべてのものを一つ残らず描いたかのような、精緻で正確、微細な描写とリアリティある作品で知られています。

残念ながらファン・エイク本人についての資料は乏しく、また作品も現在確認されているだけで20数点と驚くほど少ないのです。

しかしそのどれもが600年近くたった現在でも宝石のように輝きを放っています。それら驚くべき精密な描写と、画面のいたるところに散りばめられた象徴たちを通してより深く味わっていきたいと思います。

 

 

目次

ファン・アイクの作品①『ゲント(ヘント)の祭壇画』

1425-32年ごろ 350.5×460㎝ ゲント(ヘント) シント・バーフ大聖堂蔵

この作品はファン・エイクの作品と断定できる最初のものです。

ゲントの名士ヨース・フェイトとその妻エリザベート・ボルリュートの依頼で初めに兄のフーベルトによって制作が始められ、その死後弟ヤンが後を継いで完成させました。

ファン・エイク最大の作品であるとともに初期フランドル美術の最重要な作品でもあります。

かの北方ルネサンス最大の画家デューラーが1521年にこの絵を見て《驚嘆すべき絵》だと絶賛しました。

管理人も学生時代、この絵を現地まで見に行きましたがまさに《驚嘆》しました。

作品のすばらしさはもちろんですが、600年近くも前に描かれた絵なのにこれほどの輝きを放つ保存の良さにも驚かされました。

いわゆるカルヴァンの宗教改革の時代にはこうした偶像崇拝の作品は破壊の憂き目を見ましたが聖堂の塔に隠されて破壊を免れました。

ファン・エイクの作品の中でも最も包括的多面的で複雑は作品です。

計26の場面を描いた12枚のパネルから成っています。前例を見ないほどのこの傑作は、キリスト教神学の百科事典的なものといえます。

上段と下段の2部で構成されており、上段は「諸聖人に捧げる」祭壇そのものを目的としており預言者や巫女が配されています。下段には中世の芸術と伝統的な諸聖人を結び付けて黙示録の世界を表現しています。祭壇の上には子羊が立ち、その胸からは血が聖杯に注がれています。

中央パネルには聖者、殉教者、聖人さらに預言者などが描かれ、両翼には正義の裁判官、キリストの騎士や巡礼者が描かれています。

 

 

ファン・アイクの作品②『枢機卿アルベルガティの肖像』

1438年 34×27.5㎝ ウィーン美術史美術館蔵

白い毛皮のへり飾りと裏張りをつけた枢機卿服に身を包んだ高齢の聖職者が無地の背景に描かれています。

この枢機卿アルベルガティは1417年ボローニャで生まれ学識と敬虔さ、そして外交手腕に定評があった人物です。

教皇代理人としてローマより派遣されフィリップ善良公と仏王太子シャルル7世を和解させました。1435年にアラスで百年戦争の和平会議が開かれる際にファン・エイクがこの絵の下絵のデッサンを描きましたが、それが現存するファン・エイクの唯一の素描作品です。三年後にそれを忠実に彩色したものがこの作品です。

 

ファン・アイクの作品③『若い男の肖像(ティモテオス)』

1432年 33.5×19㎝ ロンドン ナショナルギャラリー蔵

ファン・エイクは肖像画を描いた最初期の画家でした。

当時人々は“個人”としての意識を持つようになり、自律的なカテゴリーとして《肖像画》が生まれましたが、ファン・エイクは肖像画を描いた最初期の画家でもありました。

肖像画を描くことは14世記の段階では支配者にだけ特権として許されたものでしたが、15世紀にはいると大きな財力を持つ市民や名士が現れ、貴族のライフスタイルを真似るようになったことで、肖像画の需要が一気に伸びました。

 

男は緑色の垂れ頭巾を被り褐色の毛皮の縁をつけた赤い上着を着て、右手には巻かれた紙を持っています。手前には古びた石を模した手すりがあり、そこには“LEAL SOUVENI”=『忠実なる贈り物』という文字が刻まれていて、その上にはギリシャ文字で“tym.Otheos”

(ティオティモス)と書かれています。これは古代ギリシャの有名な音楽家の名前であることから、この男性は音楽家であり、おそらく当時フランドルの有名な音楽家でフィリップ公の廷臣であったジル・バンショワではないかと推測されています。

そしてその下“紀元後1432年10月10日ヤン・ファン・エイク作と銘があり『ゲントの祭壇画』以降制作年とファン・エイクの署名が入った最初の作品です。

 

ファン・アイクの作品④『アルノルフィーニ夫婦像(結婚)』

1434年 82×60㎝ ロンドン ナショナル・ギャラリー蔵

ブルージュに滞在中のイタリア人商人とその妻ジョヴァンナ・チェナーニ夫妻の肖像です。

この絵が単なる肖像画ではなく夫婦の誓いの図であることは、組み合わせた二人の手や宣誓のポーズに見えるアルノルフィーニの右手などから私たちにも想像ができますが、実はこのごく普通の部屋に見える情景に、様々なシンボルが隠されています。

シャンデリアに一つだけ灯る蝋燭の炎はすべてを見渡す神キリストを、また画面前方、二人の足元の子犬は夫婦間の愛と誠実を象徴しています。

寝台の市中の彫り物は竜の腹から無事に出てきたために出産の守護聖女となったマルガリータです。

こうした“象徴”は当時の人たちには共通理解としてありましたが、現在の私たちにとってはとても興味深いですね。

このほかに“象徴”についてこちらの記事でもご紹介いていますので合わせてご覧ください。⇒《ファン・エイクの生涯と作品をご紹介します!》『ファン・エイクの技法』

シャンデリアの下、中央奥の壁には1434年の年記とともに《ヤン・ファン・エイクここにありき》と書かれていて、作者が二人の立会人でもあったことが示されています。

さらに壁に掛けられた鏡の中、この鏡像をよく見てみると夫妻の間に、間口に立つ二人の人物が見えます。

1人はもちろん絵を描いているファン・エイク、そしてもう一人は鑑賞者を代表する人物、つまり見ているあなたということになるのです。

これによって絵の中の空間とそれを鑑賞する私たちのいるこちら側が地続きになっているとい遊び心がここにはあり、それはまさにベラスケスの《ラス・メニ―ナス》へと受け継がれているのです。

 

 

ファン・アイクの作品⑤『ロランの聖母』

1435年ころ 66×62㎝ ルーブル美術館蔵

聖母子の前で手を合わせているのがニコラ・ロラン。彼はブルゴーニュ公フィリップ善良公の宰相として辣腕を振るった人物として知られています。同時に彼は最も重要な芸術庇護者でもありあました。この作品は、もとは彼の息子ヤンが出身地オータンの司教になったことを記念して大聖堂に寄進するために描かれたもので別名《オータンの聖母》とも呼ばれています。

豪華な室内は厳粛なムードが漂っていますが、遠景には広々とした街と自然が広がり作品を穏やかにしています。

建物内部と外部を分ける三つのアーチは三位一体(父=神、子=キリスト、精霊)を象徴していると言われています。

画面中央に小さく描かれた二人の男は川を覗き込み、美しい草花や小鳥、欄干の上の孔雀などが描かれていますが、この庭園は聖母マリアの象徴でもあるのです。

 

 

ファン・アイクの作品⑥『受胎告知』

1435年ごろ 各39×24㎝ ルガーノ ティッセン・コレクション蔵

大天使ガブリエルが聖母マリアにキリストを受胎したと告げる聖書の中で最もポピュラーかつ大事な場面です。

この2枚の作品はグリザイユという技法で描かれ、だまし絵的に描かれた作品です。

(グリザイユとは、簡単に言うと油絵によるデッサンです。単色(褐色)の濃淡によって描写をすることを指す描法ですが、通常はその上から彩色して仕上げるための下地として描かれます)

色を使わないことで石像のような質感がよりリアリティを増し、天使の翼がこちらに飛び出してくるように表現されています。

この小さな彫像自体が、額縁(も描かれたもの)の手前に置かれたように見え、黒い背景にはこの彫像が写り込んでいる様子も細かく描かれています。

もともとは祭壇画の外側の両翼を構成していたかも知れません。

 

 

ファン・アイクの作品⑦『室内の聖母子』

1435年ごろ 65.5×49.5㎝ フランクフルト シュテーデル美術館蔵

今作はもともとルッカ公が所有していたため《ルッカの聖母子》とも呼ばれています。

狭い室内に設えられた玉座で聖母が赤ん坊に授乳している場面です。聖母はファン・エイクの妻マルフリートがモデルという説もあり、そのせいかファン・エイクの作品の中でも最も優しさが溢れ、親近感を抱く作品です。

また同時にほかの絵と同じく、象徴的な品々が細部まで徹底して描かれていれ厳粛な雰囲気もあります。

 

 

 

ファン・アイクの作品⑧『ボードワン・ド・ラノワの肖像』

1436-38年ごろ 26×20㎝  ベルリン 国立美術館絵画館蔵

ボードワン・ド・ラノワはヤン・ファン・エイクと同じくフィリップ善良公の廷臣でした。1428年から29年にファン・エイクとともに外交的任務のためポルトガルに赴いています。

リールの知事でもあったボードワンはフィリップ公が1430年に作った騎士勲章である金羊毛頸章をつけ、手には指揮棒を持ち、錦の礼服を着て堂々とした毛皮の帽子を被った姿で描かれています。

 

 

ファン・アイクの作品⑨『ヤン・ド・レーウの肖像』

1436年 24.5×19㎝ ウィーン美術史美術館蔵

ここに描かれているヤン・ド・レ―ヴはブルージュの金細工師ギルドの指導的メンバーの一人で、1441年に組合長に選出された人物です。

手には指輪を持ち、レ―ヴが金細工職人であったことを表しています。

その親密さが伝わる穏やかな表情からモデルと画家は日ごろから交流があり互いに既知の間柄であったことが推測されますが、その鋭い眼光からは、同じ熟練の職人としてファン・エイクがモデルに敬意を払って描いたことをうかがわせます。

 

 

 

ファン・アイクの作品⑩『ファン・デル・パーレの聖母』

122×158㎝ ブルージュ 市立美術館蔵

《ゲントの祭壇画》以外ではファン・エイクの作品で最大のものです。

もとはブルージュの聖堂(のちにファン・エイクが埋葬された教会)に寄進されたもので左側に立っているのが守聖人ドナティアン。右にはブルージュの有力者、教会監督であり裕福な聖職者でもあったファン・デル・パーレがうやうやしく跪いています。その後ろには聖ゲオルギウスが彼を聖母子に紹介しています。

画中の5人はそれぞれ視線が合うことはなくそのためにモニュメンタルな印象が強くなっています。

これもファン・エイクの凄まじいまでの徹底した細部描写が目を引きます。

なんとファン・デル・パーレの持つ小さな眼鏡、そのレンズ越しに見える書物の文字が歪んで描かれているのが分かるほどです。

その他聖ゲオルギウスが身にまとう甲冑やドナティアンの衣服に飾られた宝飾品、金の刺繍などの質感が驚くべきリアリティで描写されています。

 

 

ファン・アイクの作品⑪『受胎告知』

1433年 92.7×36.7㎝  ワシントン ナショナルギャラリー蔵

この作品は失われてしまった三連祭壇画の左翼と見られています。

マリアへの受胎告知はキリスト教において最も重要で中心的な出来事のひとつです。

《受胎告知》は“旧約”の世界の終わりを告げると同時に、“新約”すなわち神の恩寵のもとでの人間との契約を意味しています。

キリストの受肉の始まりを意味しその死と復活が人間の救済を約束するのです。

マリアの頭の後ろにある三つのガラス窓はマリアの純潔を暗示すると同時に三位一体を象徴しています。

ファン・エイクはこの場面をゴシック建築の内陣によって表現しています。

 

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