【技法解説!】トゥールーズ・ロートレックの技法を詳しく解説します。

こんにちは。管理人の河内です。

アンリ・トゥールーズ・ロートレックは19世紀末、パリの夜の世界で活躍した画家です。

中でもパリ北部に位置するモンマルトルは、ムーラン・ルージュに代表されるように劇場やキャバレー、ダンスホールから売春宿までありとあらゆる大人の欲望を満たす歓楽街でした。

ロートレックはその一見華やかな街の裏で、厳しい現実を生きる娼婦や歌手、ダンサーなどにスポットを当て、彼らの生の生活を描いたことで知られています。

ロートレックを語るとき、こうした主題についてはよく取り上げられますが、今回はその作品の技法に焦点を当てて解説してみたいと思います。

ロートレックは技法についてもとても先進的で、様々な工夫と計算がありました。技法を知ってさらに作品への理解を深めて頂ければと思います。

目次

ロートレックの技法① ロートレックの作風

ロートレックは初期の段階では印象派の影響を受けてタッチを生かした作風を試みますが、反面しっかりとした伝統的なデッサンに基づいたフォルム(=形体)を維持しています。

光にこだわった印象派に対し、ロートレックは単に移ろいゆく自然を写し取ることに飽き足らず、人間表現にこだわりそこに主眼を置き続けました。

そうした意味で同じように印象派の影響を受けつつも、独自の表現を確立したゴッホとは意見があったようです。(ゴッホとロートレックは10歳の年の差がありましたが、コルモンの画塾で一緒に学んでおり仲が良かったのです)

ロートレックの描いたゴッホの肖像。

なんといってもロートレックはその類い稀なデッサン力によって、雰囲気や一瞬の動きをとらえ、モデルの内面を引き出すことに長けた稀有な才能を持っていました。

そしてロートレックにとっての興味は、最後まで生きた人間そのものにあったのです。

 

ロートレックの技法② 浮世絵の影響

出典:Wikimedia Commons

ロートレックは36歳という若さで亡くなったため、画歴も短くそれほど画風が大きく変わることはありませんでしたが、いわゆる絵画を離れたポスターなどの商業美術の世界に身を置くことで独特の作風を確立したといえそうです。

 

そしてその背後にはやはり同時代の画家たち同様日本美術、特に浮世絵の影響があります。

流線形の人物、特徴をデフォルメした顔の表情やポーズ、これらを単純化した構図に乗せ、鮮やかな色彩を使い平面的な塗りで描く。ロートレックの描くポスターと浮世絵は主題を効果的に見せ、より多くの人々に明確に意図を伝えるという点で共通しています。さらに歌舞伎の役者絵とキャバレーのダンサーやサーカスの曲芸師といった主題、それを版画=プリントという表現形式で制作しているところまで同じなのです。

 

ロートレックの技法③ 構図

次に絵画作品の骨組みとなる「構図」を見ていきたいと思います。

画家である管理人から言わせていただくと、絵画の8割は構図で決まるといって良いほど構図は大切なものです。

限られた四角形(時には円形)のなかで何をどういう大きさで配置し、どのように鑑賞者の目を画面に引き込むか?どうしたら作者の意図が伝わるか?これらは構図一つで大きく変わります。

ロートレックの構図の特徴を見ていくと、まず初めに『スナップショット』の効果があります。

これは先達のエドワール・マネエドガー・ドガらが頻繁に用いた手法で、ドガの記事でも触れていますが、当時発明された写真の技術を絵画に応用したものです。

具体的には作品の登場人物が見られている(描かれている)ことに気づいていない、気づいていてもいわゆるカメラ目線ではなく、こちらを見ていてもハッとした瞬間である、自然な動作の途中にある、画面の縁で大胆に切断されているなどです。

こうした効果はロートレックが尊敬するドガの影響や、その先の浮世絵からの影響が大きいといえます。

ドガ作『たらいで湯浴みする女』

 

何気ない一瞬を切り取ることで、型にはまったポーズをとったものと違い、絵を見ているというより見る側がまさにその場に居合わせているような感覚にさせてくれるのです。

マネ作『ナナ』

 

ロートレックの技法④ 動き(ムーヴマン)

ロートレック作品の次の特徴“は、動き(ムーヴマン)”です。

これは『③構図』につながることでもあるのですが、ロートレックの絵は思いがけない視点からみた斬新な構図や、人物をバッサリと画面の縁で断ち切ってしまう構図がしばしば登場します。これらもまた浮世絵とそれに影響を受けたドガに負うところが大きい特徴です。

例えばこの作品を見てみましょう。

画面の左端で馬の尾が途切れています。切ることで馬がこの絵を横切っているという印象を与え、また手前から奥へと疾走する動きが強調されているのです。

さらに、馬は画面の対角線上におかれることで、馬のスピード感を高め、遠ざかっていく感じが生まれています。

さらに遠くの旗や騎手のシャツのはためきによってそれはより強調されています。

 

この《サーカス・フェルナンド》(↓)でも同じく馬は対角線を横切り、その尾っぽの端を画面の縁で切ることで、今まさに鑑賞者の視野に飛び込んできたかのような印象を与えています。

そして広場の縁を囲む赤と白に塗られた壁が、弧を描きながら馬の動きと並行して画面を対角線に横切ることで馬のスピード感をさらに強めています。

こうした効果は現代の漫画などでも使われるとても見る側の心理を理解した効果的な手法です。

さらにその動き(緑の矢印)と男女二人の視線をクロスさせる(オレンジの矢印)ことで画面に緊張感が生まれています。

限られた画面内で、静止画である絵画にどのようにすればスピード感や躍動感を感じさせ、生き生きとした画面にするかはある意味画家にとって永遠のテーマでもあるといえます。

このような一見即興的に描かれたようなポスターなども、ロートレックは何度も試行錯誤を重ね、計算の上で完成させているのです。

 

ロートレックの技法⑤ 即興的表現

ロートレックの絵には即興感があふれています。

これらはロートレックの高いデッサン力と、細心の観察力によって得られたものといえます。

まるで指揮者がタクトを振るように軽やかで短い時間と線で核心をとらえる技術はある意味時間をかけてゆっくり仕上げることよりも難しい技術です。

ロートレックははいつもスケッチブックを持ち歩き、目に留まったものや興味をそそられた人物をその場で描きとめ何千ものスケッチを残しました。

彼は人物の印象を一瞬で捉え、その鮮度を逃がさないために、油彩画の場合でもテレピン油(=揮発性のオイルで絵具の伸びをよくする)で薄く溶いた絵の具を使うことで素早く人物の印象を画面(本格的なキャンバスではなく厚紙だったり)に留めており、まさに「筆でデッサン」をしているのです。

ロートレックはよく彼自身や友人たちをモデルにマンガを描いていますが、ロートレックにとってはいわゆる完成された油絵からポスター、マンガまでそれほど大きな差はなかったのかもしれません。

 

ロートレックの技法 まとめ

いかがでしたか?若きロートレックは当時流行していた印象派や浮世絵の手法から多くを学びつつも独自の視点と技法によって新しいスタイルを確立したのでした。

即興的にモデルの一瞬の動きや、性格をつかんだロートレックの作品は、一見すると単に感覚的に描かれただけのようにも思われがちですが、実は鑑賞者の心理を理解し、作品の世界へ引き入れるために計算されたものであったことがお分かりいただけたでしょうか。

こうしたことを知った上で改めて作品を見ていただければまた美術がぐっと近く感じられると思います。

 

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