こんにちは。管理人の河内です。
今回は『夜の画家』ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品を解説していきたいと思います。
ラ・トゥールはその死後、数世紀にわたって美術史から『忘れられた画家』でした。
そのため作品のほとんどが散逸または消失してしまい現在確認されているのは40点ほどしかありません。
そのほとんどが個人所蔵や宗教施設に秘匿され消失や略奪を免れていたものでしたので制作年などはおおよその推測となっています。
ラ・トゥールはその作品数が少ないこともあり、作品のテーマはごく限られています。
ジャンルとしては「昼の情景」を描いた風俗画、そして「夜の情景」を描いた宗教画です。
風俗画では嘘や欺瞞に満ちた人間の醜さを教訓的な主題に乗せて描き、宗教画では反対に幻想的で深い精神性を湛え、聖書を知らない私たちにもその宗教的な精神性や人間の深い苦悩が伝わるのが特徴です。
目次
この作品でラ・トゥールは主題をカラヴァッジョから借用しています。
ここでは手相を見るのではなくコインで未来を占っています。
若者は年老いたジプシー女の話に疑いの目を向けながらも聞いており、その隙に仲間の女たちが彼の持ち物を盗んでいます。
向かって左端のうつむいた女が若者のポケットから出る財布のひもにそっと手を掛け、また彼の背後からは白い被り物をした女が肩から掛けた金のメダルの鎖を切ろうとしています。
カラヴァッジョの2点ある作品も若い男に未来を占っているジプシー女が登場し、折り曲げた指で女が男の指から指輪を盗み取ろうとしています。
この主題は聖書に登場する『財産を浪費する男』、あるいは『いかさま師』のように「財産を盗まれる放蕩息子」という解釈もできます。
これらのテーマはカラヴァッジョに限らず15世紀末からタピスリーやフランドル絵画にしばしば登場しカラヴァッジョの追随者たちによって近代まで描き継がれてきました。
この絵は左端がおよそ25~30cmほど切断され上部は6㎝付け足されました。
居酒屋あるいは賭場で三人の男女がカードで賭けをしています。
右端の男性はまだ少年のようであり羽根飾りのついた帽子や襟の紋章、ブレスレットなどの装身具から貴族の子弟であり、左の2人の男女とワインを注ぐ召使の女性はその怪しげな目配せや指使いなどからグルになってこの少年をカモにしようとしていることが分かります。
真っ白な胸をはだけた衣装と赤い帽子から中央の女性は娼婦でしょうか、召使の黄色いターバンはキリスト教では「裏切者ユダ」の色とされ、彼女がそっと少年のカードの手を耳打ちあるいは合図を送っているのでしょう。
左の男は背中の帯に隠したダイヤのカードをそっと引き抜き勝負をかけようとしています。
ピエール・ランドリーによると彼が1926年にパリのサン=ルイ島のある屋敷で、また別の資料では1931年に同島の古美術商から入手し、1972年にルーブル美術館に譲ったと言われています。
1640年ごろ137×102㎝ ルーブル美術館蔵
この作品はイギリスの画商バーレー・ムーア・ターナーによってイギリスで発見されその後1948年に現在のルーブル美術館へと贈られています。
主題は日本では意外と知られていないイエス・キリストの父、大工のヨセフと幼子イエスです。
暗がりで仕事をする父の手元を幼い息子が蝋燭で照らしている場面です。
いわゆる聖母マリア信仰は日本でもよく知られ絵画の主要なテーマとなっていますが、17世紀のフランスでは幼子イエスと聖ヨセフ信仰が広まっていました。
この絵ではラ・トゥールはカラヴァッジョが2点の『聖マタイと天使』で扱ったテーマ、老人と若者、経験と無垢を対称的に描く手法を取り上げ強調しています。
ヨセフの顔には深い皺が刻まれ、手は仕事をしながらもイエスに目を向けています。
半分闇に隠れたヨセフと光に照らされ天使のように優しい笑顔のイエスの対比が蝋燭を挟んで際立っています。
ラ・トゥールの作品でも特に有名なこの絵は革命で押収された後1794年にレンヌ美術館に収蔵された最初の作品となりました。
初めはゴットフリート・シャルケンの作品とされ、次いでル・ナン兄弟の手になるとされた後1915年にラ・トゥールの作品と認められました。
イエスの誕生を祝う場面でありながら一切の装飾がなく質素で穏やかな静けさに満ちています。
聖母子の側でそっと蝋燭をかざし慈しみの表情を湛えたマリアの母、聖アンナが二人を見守っています。
しかしこの生まれたばかりの我が子抱くポーズはそのまま未来に起こる受難《ピエタ》でもあることを暗示しています。
別名:常夜灯のあるマグダラのマリア、テルフのマグダラのマリア
テルフとはかつての所有者カミーユ・テルフのこと。
テルフは1914年この絵を購入し第二次世界大戦中にケルンの美術館に売却しました。
しかし予期せぬ裁判の結果、売買は破棄されて1949年ルーブル美術館所蔵となりました。
このマグダラのマリアは4作あるうちの中で最後に制作されたものと考えられ1642年44年ごろと推定されています。
マリアは頬杖をついて蝋燭の灯をじっと見つめています。
膝に乗せた骸骨にそっと手を置き、過去の過ちを改悛しているのでしょうか。
静けさの中に厳粛な雰囲気を湛えたラ・トゥールの世界観が遺憾なく発揮された作品です。
この作品はホントホルストの作品として購入され1955年まで個人が所有していました。
それをラ・トゥールの手によるものと確認され、ロレーヌ歴史博物館の所蔵となりました。
タイトルは『蚤をとる女』となっていますが、「身籠った女中が罪を悔いている」とか「ロザリオの祈りを唱えている」とかさらには「マグダラのマリア」であると諸説唱えられてきましたが、蚤が彼女の爪の間と腹の上に見えることから現在研究者の間では「蚤をとる女」として一致した見解になっています。
また当時この虫が蔓延していて同時代の多くの画家がこのテーマを取り上げています。
この作品は1810年フランソワ・カゴ―のコレクションとともにナント美術館が取得しましたが、当時は別の画家ヘラルト・セーヘルスの作品とカタログには記載されていました。
その後研究者によって1915年にラ・トゥールの作品とされました。
この作品もそのシンプルさ、曖昧さから主題については様々に解釈されてきました。
『天使のよって解放される牢獄の聖ペテロ』『福音書を持つ聖マタイと天使』『盲人エリとサムエル』など。最終的に聖ヨセフと天使で見解が一致しています。
聖マタイは天使が聖ヨセフに3度現れると福音書に記しています。
この絵ではうたた寝をするヨセフの前に天使が現れ、両手を広げて何かを優しく語りかけているようです。
天使の顔は蝋燭の炎によって光輝いていますが、『大工の聖ヨセフ』の幼子イエスのように彼自身が光源なのです。
炎はまた天使の刺繍がある帯の垂れた部分と左手の甲を浮き上がらせそのポーズとともに優雅さを強調しています。
救済院もしくは修道院で施しを受けたと思われる男女がひよこ豆の入った鉢を抱え一心に貪り食べています。
男は杖を持ち、肩に荷物袋をさげています。老夫婦とも見える二人の間には二人を結び付けるものはなにも暗示されていないことから切って2枚に分断されたほどでしたが見事な修復によって元の姿に戻り1976年ベルリン美術館に収蔵されました。
今作品はロレーヌ地方のある宗教組織にあったものでナンシーの美術市場に出た時は別の画家ヘリット・ファン・ホントホルストの作品だと言われていました。
それが1926年へルマン・フォッスによってラ・トゥールの作品とされ、同年ルーブル美術館では最初のラ・トゥール作品としての所蔵となりました。
このテーマも伝統的に描かれてきたキリスト教ではメジャーな主題です。
多くの場合イエスを讃えるための装飾が施されますがラ・トゥールの作品では質素な衣服をまとった5人の男女が幼子を囲むように配されるほかは子羊など最低限のモチーフのみが描かれています。
前景には聖母マリアと聖ヨセフがおり、彼の持つ蝋燭が幼子を照らし、周囲の大人はそれぞれ無言の敬慕を込めた視線を向けています。
1936年に古美術商アンドレ・・ファビウスがこの作品を取得したことから《ファビウスのマグダラのマリア》とも呼ばれています。その後1974年にワシントンのナショナルギャラリーに収蔵されました。
ラ・トゥールもまた数多くの『マグダラのマリア』を描いていますがその中で最もよく知られた作品です。
今作品もまた謎に満ちた解釈の難しい作品と言われています。
白いブラウスを着たマリアが右腕は頬杖を突き、左手を書物の上に置かれた頭骸骨にそっと触れています。
傾いた蝋燭の炎は骸骨のシルエットを浮かび上がらせています。
その美しい顔は蝋燭に照らし出され、物思いに耽った表情で鏡を見つめています。
鏡には炎にぼんやりと照らされた髑髏が見えます。
《鏡》や《髑髏》は人間のはかなさ、生のはかなさを象徴するものとしていわゆる《ヴァニタス》画(=この世のはかなさを表現する絵画ジャンル)の定番アイテムです。
一体彼女は何を思い考えているのでしょうか?思わず引き込まれてしまう傑作です。
ラ・トゥールの生誕400年に当たる1993年、当時のルーブル美術館の絵画部長がドゥルオ競売所での匿名の競売でこの絵を発見しました。
ラ・トゥールの作品と認められ売立てから外されると国外への持ち出しは禁止されモーゼル県のために国家による先売権で取得されました。
そしてラ・トゥールの生地ヴィック=シュ=セイユに建設されたラ・トゥール美術館に展示されるようになったのです。
この作品はラ・トゥールの最晩年、おそらく1649年から51年の間に制作されたと考えられています。
粗末な衣を脱ぎ、痩せた体で十字架を支えにうなだれるヨハネ、それを心配そうに見上げる子羊。長い髪と柔和な表情から女性にも見え暖かなオレンジの光に照らされカラヴァッジョの影響は感じさせるも簡潔で静謐な世界が描かれています。
【ラ・トゥールに関するその他のお勧め記事】