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美術の革命!ピカソの代表作を解説付で紹介します。

こんにちは。管理人の河内です。

この記事では、20世紀アートの巨人、パブロ・ピカソの作品を解説したいと思います。

その数の多さでギネスに乗るほどのピカソ、膨大な作品から選ぶのは至難の業ですが、ピカソは常に変化し続けるところにピカソの偉大さがあると言われるほど、その長い画業で様々に画風が変化した稀有な画家でもありました。そうしたことからそれぞれの画風の中から代表的な作品を取り上げてみたいと思います。


ピカソ作品① 「科学と慈愛」

1897年 ピカソ美術館蔵

ピカソ16歳の時の作品。

すでに古典的な技法をマスターしているまさに天才ぶりを見せつける作品です。

ピカソは「私は10代のでラファエロのように描けた」と語っていますが、反論できませんね(*‘∀‘)

死の床にある女性とその子供、修道女と医師が見守っている図です。

医師は「科学」の象徴、修道女が「慈愛」の象徴です。

10代でこの技量に驚かされますが、選んだテーマもまた・・・早熟を通り越して老成すら感じさせます。

 

ピカソ作品② 「人生」

1903年 クリーヴランド美術館蔵

ピカソ「青の時代」の代表作。

左の男女は悲恋の末、自殺した親友カサへマスとその失恋相手のジェルメールとされています。

右側には母子像が描かれその間にも蹲る人物が描かれていますが、誰一人視線を合わせるものはなく皆絶望の中にいるかのように虚ろです。

ピカソはこの他にも悲運の友人カサへマスを描いた作品を数点残しています。

ピカソ作品③ 「サルタンバンクの家族」

1905年 ワシントンナショナルギャラリー蔵

バラ色の時代の代表作。

サーカス芸人一家を描いた作品。

サルタンバンクとは、サーカスというより路上芸人といえる社会的に最下層にいた人々のことをいいます。

ピカソは青の時代より、サーカス小屋に通っては彼らを熱心に描いています。

孤独、放浪、貧しさといった当時のピカソ自身の境遇や内面を彼らに重ねていたともいわれています。

しかしこの頃からピカソの絵は売れ始め、名声を獲得していくようになります。

 

 

ピカソ作品④ 「アヴィニョンの娘たち」

1907年 ニューヨーク近代美術館蔵

絵画の歴史に革命を起こしたとまで言われるこの作品では、ピカソは伝統的な遠近法を完全に破壊し、人物、背景を問わず小さな断片に切り分けそれを再構築しています。

また右側の二人の顔はアフリカの部族仮面に発想を得て描かれています。

こうした複数の試みを、ピカソはこの作品で試しています。

『アビニョン』とはバルセロナの売春街にある通りの名前。

そして描かれているのは娼婦たちです。

足下の果物は生命のシンボルで、命あるものは熟れた果実のごとく最後は朽ち果てるものと言うことを暗示しています。

この作品を境に、ピカソの絵はいわゆる「分からない絵」に傾いていきます。

しかし美術史的にはその後に与えた影響の大きさから、一つの金字塔的な作品と位置づけられています。

 

ピカソ作品⑤ 「マンドリンを弾く女」

1909~1910年 ニューヨーク近代美術館蔵

当時の恋人であったフェルナンド・オリビエがモデル。

『アビニョンの娘たち』を機に、ピカソは対象を様々な角度から見たいくつもの部分に分解し、それを画面上で再構築するというキュビズムの手法を展開しました。

これはセザンヌの影響により幾何学的に対象をとらえようとする初期分析的キュビズム時代の代表作。

 

ピカソ作品⑥「籐椅子のある静物」

1912年 パリ ピカソ美術館蔵

ロープで回りを囲った楕円形のキャンバスに、籐椅子の模様が印刷された紙などを張り付けた総合的キュビズムを代表する作品です。

絵画史上初のコラージュ作品といわれています。

ナイフやグラスなどが分析的キュビズムの手法で描かれており、現実のものと幻想である絵の世界を組み合わせたこの手法は、絵画を超えた平面作品の新たな世界を開きました。

 

ピカソ作品⑦ 「母と子」

1921年 シカゴ美術館蔵

新古典主義時代の代表作。

1917年、バレリーナだったオルガ・コクローヴァと出会い翌年に結婚したピカソは、この頃から陰影を使って量感を出すなど古典的な描法に回帰を見せます。

 

 

ピカソ作品⑧ 「椅子に座るオルガ」

1918 パリ・ピカソ美術館蔵

モデルはバレーダンサーでピカソの最初の妻となったオルガ・コクローヴァ。

二人の間に息子パウロが生まれると、ピカソは新しい恋人マリー・テレーズと関係を持ち離婚沙汰となります。

しかし遺産分割でもめた末に結局はオルガが亡くなるまで別居が続きました。(ピカソが莫大な遺産の半分を彼女に取られることを渋ったそうです。

この頃イタリア旅行を通してルネサンス期の古典の名作に興味を示しており、またオルガの「わかりやすい絵を描いて」欲しいという意見もあってキュビスムから離れて古典的写実表現で描かれています。

椅子と衣服は溶け合うように平面的に描かれていますがそれは当時ピカソが写真から絵を起こしていたことに寄るのかもしれません。

 

 

ピカソ作品⑨ 「海辺を掛ける二人の女」

1922年 パリ ピカソ美術館

ピカソは1920年頃から毎年、南仏アンチ―ブで過ごすようになります。

この作品は地中海の太陽と汐風を浴びて浜辺を走る2人の女性がどっしりとして彫刻的な顔つき、太い手足など新古典主義的に描かれています。

 

ピカソ作品⑩ 「泣く女」

1937年 テイト・モダン蔵 ロンドン

当時の愛人ドラ・マールをモデルに、後の「ゲルニカ」のための習作の一点として描かれました。

この泣く女には、100種類以上のバリエーションがあると言われています。

感情をあらわにした女性が、キュビスム的な多視点分割技法を用いて強い暖色を多用して表現されています。

 

ピカソ作品⑪ 「ゲルニカ」

1937ソフィア王妃芸術センター蔵 マドリード

この絵は、1937年のドイツ軍によるバスク地方の古都ゲルニカを爆撃したことによるピカソの抗議として描かれました。

パリでゲルニカ空爆の一報を受けたピカソは、パリ万博で飾るため他の絵を制作中でしたが、急遽のこのゲルニカに転換。

短期間に膨大なスケッチを積み重ね、練り上げて描かれました。

この絵をよく見てみると、戦争だけでなく闘牛や幼児虐殺などが書き込まれていることから、ピカソは人間の愚かな残酷さ一般に対して抗議をしていたのかもしれません。

 

 


いかがでしたか?

ギネスに乗るほどのたくさんの作品を残したピカソ。

ここに掲載した作品以外にも、ホントにたくさんの名画がありますので興味が湧いた方は是非いろいろと探してみてくださいね。

またそれぞれの時代について、技法の詳しい解説も合わせてご覧ください。

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