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セザンヌの生涯を詳しく解説します。

こんにちは。管理人の河内です。

この記事では、孤高の巨匠ポール・セザンヌの人生を年代を追ってご紹介していきます。

元来人付き合いが苦手で偏屈者のセザンヌは、一度はピサロの仲介で印象派グループに参加しますが居場所を見つけることが出来ず、パリと故郷の南仏エクスを行ったり来たりを繰り返し、結局はエクスに引きこもって一人創作活動に励みます。

そんなセザンヌはどのような人生を歩んだのでしょうか?

 

 

出生~画家を目指す

1839年1月19日、南フランスの都市マルセイユから数キロの小さな町エクス=アン=プロヴァンスで私生児として生まれました。

父のルイ=オーギュスト=セザンヌは、帽子製造業で成功を収めた裕福な人物で、1849年にエクスでただ一つの銀行を所有しているほどでした。

母はエリザベート=オノリーヌ・オーヴェールは、当時はルイ=オーギュストの愛人で、正式に二人が結婚したのはセザンヌが5歳の時でした。

1852年ブルボン中学校の寄宿生となります。

この頃から人付き合いがよくありませんでしたが、勉強はよくでき、少ないながらも生涯の友人たちに恵まれていました。

その中に、後に有名な小説家となるエミール=ゾラ(↓)がいました。

当時、父を亡くし母子家庭で貧しい暮らしをしていたゾラは、学校では友人たちからいじめられていましたが、そんなゾラにセザンヌが声をかけ、二人の友情がはじまりました。

彼らは自然豊かなプロヴァンスで育ち、文学に興味を持ち、詩を作ったり読んだりして過ごし、自身も周りも詩人になると思っていたようです。しかしセザンヌの興味は次第に美術へと向かいます。

地元のデッサン教室に通い始め美術館を訪れ画家になる夢を育みますが、実業家である父は、セザンヌに後を継がせようと考えており、セザンヌは金以外になんの興味もない父の高圧的な態度に怯えながら日々を過ごします。

1859年一家はエクスに大邸宅“ジャ・ド・ブッファン”(↓)を購入。

父親の希望でエクス法科大へ入り法律を学びます。しかし法律になんの魅力も感じなかったセザンヌは、とうとう画家になる決意を父に伝え、1861年大学を中退して父からパリへ出ることを許されます。

当時先にパリに出ていたゾラからも強くパリに出て来るように勧められたようです。

 

パリ時代

パリにでたセザンヌは、国立美術学校エコール・デ・ボザールの入試に失敗し、私立の画塾アカデミー・シュイスに通って絵の勉強をしました。

そこで後にセザンヌにとって大変重要な人物となる印象派の長老カミーユ・ピサロやアルマン・ギヨマンらと知り合います。

ピサロ(↓)こそは、後にセザンヌを画家としてその才能を認め、印象派の手ほどきをし、人付き合いが苦手だったセザンヌを、画家として仲間や画廊などとの橋渡しをしてくれた恩人となります。

またセザンヌは画塾に通いながら、ルーブル美術館で古典の研究をしています。

しかし6か月後には大都会パリに馴染めずエクスに戻ってしまいます。

自信を失って故郷に戻ったセザンヌは、父の所有する銀行で働きながら地元の美術学校に通います。

そして一年後、23歳の時に再度挑戦を決意しパリに戻ります。

アカデミー・シュイスで勉強をしながら、この時期に後の印象派画家モネやルノワールらと親交を結んでいます。

この頃にはロマン派のウジェーヌ・ドラクロワや写実主義のギュスターヴ・クールベ、エドワール・マネらの影響を受けて、ロマン派的な暗い色調で、厚ぼったく重苦しい絵を描いています。

(ドラクロワといえばこれ(↓)「民衆を率いる自由の女神」世界史の教科書にも載るほどの有名な作品を描いた画家。)

1866年ごろからセザンヌはサロン(官展)に絵を出品しますが落選が続きます。しかし旧友のゾラは、新聞の論評などでセザンヌを擁護する文章を書いています。

 

この時期、マネを筆頭にドガやモネ、ルノワールなど後に印象派と呼ばれる革新的な画家たちが「カフェ・ゲルボワ」に夜ごと集まり議論を戦わせていました。

それにセザンヌも加わりますが、人付き合いが苦手で愛想の悪い彼は、その場に馴染めませんでした。わざと自分が田舎者であることを強調したり、すでに世に認められていたマネなどにも不遜な態度を装ったりと上手く馴染もうとしませんでした。

 

1869年後の妻となる、お針子をしていたモデルのオルタンス・フィケと知り合い同棲をはじめます。

しかしセザンヌは厳格な父を恐れて二人の交際は秘密にしていました。まだ画家としてやっていけないセザンヌは、父親からの仕送りで生活しており、父を怒らせると仕送りが減らされるかも知れなかったのです。

1870年に普仏戦争が勃発。戦火を避けて南仏マルセイユ近郊のエスタックに移ります。

つづくパリコミューンの混乱が落ち着くと、72年セザンヌはパリに戻ります。(パリ・コミューンとは普仏戦争後、フランス各地起きた自治政府を打ち立てようとした運動で、後の共産主義、社会主義運動に大きな影響を与えました。)

この年オルタンスとの間に息子ポールが生まれました。

生まれたばかりの息子を連れて、ポントワーズに移りピサロとともに制作します。

その後すぐにオーヴェール=シュル=オワーズに移りピサロから印象派の手法を学んでいます。オーヴェールはその20年後、ヴァン・ゴッホが亡くなった地であり、そこでゴッホの最後を看取った医師のポール・ガシェと親交を結びます。ガシェは自身も美術愛好家で、セザンヌの絵を初めて買ったのもガシェと言われています。

またパリでも、ゴッホら売れない時期の若い印象派画家たちを支えた画材屋のタンギー爺さんことジュリアン・タンギーともピサロの紹介で知り合います。

 

1874年モネ達とともに、後に「第一回印象派展」と呼ばれるようになるグループ展に参加、オーヴェールで描いた「首吊りの家」や「モデルヌ・オランピア」(↓)を出品します。

しかしセザンヌもまた世間からはモネ達同様に酷評されますが、友人ゾラはマルセイユの新聞で彼を擁護する記事を書いてくれています。

この間もセザンヌはサロンに出品し続けます。

1877年「第三回印象派展」に出品。またもや厳しい批評に晒されますが、少しずつ称賛する批評家も現れます。

 

故郷エクスへ~晩年

1878年故郷エクスに戻る。

この時期には、セザンヌは印象派の表現に行き詰まりを感じ、絵画により確固とした存在感を求めて独自の手法を探ります。

また妻子がいることが父親に知れてしまい、父は激怒、毎月の送金を半額に減らされて生活が苦しくなります。(この頃もまだ絵が認められないセザンヌは、父の仕送りで生活していました)そのためタンギー爺さんの店で画材を買うにも支払いができず、代わりに絵を渡したり、すでに小説家として成功していたゾラに援助を求めたりしています。

1882年 43歳のとき、ようやく初のサロン入選を果たします。しかしこれには友人でサロン審査員のアントワーヌ・ギュメの裏手引きがあったようです。

1886年エミール・ゾラが小説「制作」を著す。

この小説は、世間に認められない画家が、最後は自殺に追い込まれるという内容で、これは自分をモデルに描いたのではないかと受け取ったセザンヌが、深く傷つきそれ以降二人の関係を断ったといいます。(異説あり)

オルタンスと正式に結婚。その半年後、父が亡くなり多額の遺産を相続し、経済的な不安がなくなります。

90年代には糖尿病が悪化。

戸外での製作が難しくなり、アトリエで静物や人物画が多くなる。

1895年ピサロの尽力で、アンブロワーズ・ヴォラール画廊で初めての個展を開く。

画壇ではまだまだ高い評価は得られていないものの、特に若い前衛的な画家たち(ポール・ゴーギャン、エミール・ベルナール、モーリス・ドニなど)から注目をされるようになる。

『セザンヌ礼賛』モーリス・ドニ作。 画商や画家、批評家たちがセザンヌの作品を讃えている場面を描いた作品。

 

1897年、母が死去。エクスの邸宅“ジャ・ド・ブッファン”が売り払われる。

1900年 パリ万博の際に開かれた「フランス美術100年展」に他の印象派画家たちとともに出品。

1902年 エクス郊外にアトリエを新築し、精力的に創作。特に晩年の大作「大水浴図」などに力を注ぎました。

1904年からサロン・ドートンヌ(秋のサロン)に続けて出品。

パリのベルネーム=ジューヌ画廊がセザンヌの作品を取り扱うようになる。

 

また晩年にはセザンヌを敬愛する若い芸術家たちと親交を結び、書簡をやり取りしたり、セザンヌのアトリエに滞在したりしています。その一人ベルナールは、後にセザンヌの回顧録を書いています。

1906年戸外で制作中に嵐にあって体調を壊し、それがもとで肺炎を起こし10月22日、エクスのアパートで死去。享年67歳。

パリにいた妻子はセザンヌの最後に間に合いませんでした。

 

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